日本国内には妻も子供もいない僕ですが、現在、ミャンマーには4人の孫がいます。本日、その中の3人目(3男)の近況写真がfacebookで送られてきました。彼の名前は又三郎と言います。2019年11月生まれ。現在、満2歳です。2019年のTokyo Toamto Cafeは出産ラッシュで、1年の間に4人の赤ちゃんが誕生しました。長男は太郎、次男は二郎。そして、三男はちょっと変化を入れて、又三郎と名付けました。その1ヶ月後には長女の花子が生まれました。

又三郎の父親はパリキ。Tokyo Tomato Cafeがオープンして半年が経った、2017年1月に未経験で入社しました。前職はホテルのベル係。無口でいつも冷静、そしてとても真面目で頭の良い好青年でした。ホテルマンらしいとても素敵な笑顔が印象的で、仕事の覚えが早く、味覚も優れていました。新人時代は毎朝市場で買い物をする係でしたが、パリキが買い物をすると、今までより20%安い値段で、すごくいい野菜を仕入れてくると、キャッシャーのズズがいつも言っていました。他の連中は市場の悪い奴と連んでるとも...。

だから僕は店長のニャントンさんと同じくらい彼を信頼し、目をかけていました。ゆくゆく2号店を出したら、パリキを店長に抜擢しようと考えていました。そして、その年の秋、彼は結婚しました。相手の名前はスーミョーライ。もちろん、又三郎のママです。当時、彼女はスーパーマーケットでレジ係をやりながら通信制の大学に通う女子大1回生でした。二人はパリキがホテルマン時代にスーパーマーケットで出逢い恋に落ちたようです。パリキはカレン族でスーミョーライはビルマ族。民族の違いもさることながら、スーミョーライはまだ大学の1回生で若すぎることから、猛烈に反対されました。しかし、二人の愛の力が押し切り、見事にゴールイン。スーミョーライの実家がある街(ヤンゴンから車で5時間くらい北上した田舎町)で開催された結婚式には僕も招待され、村人たちの前で、長渕剛の「乾杯」をビルマ語で歌い上げ、喝采を浴びました。

結婚式の後は、病気で式に出席できなかったパリキの父親に挨拶するため、パリキの実家のある村を訪ねました。それはもうびっくりするくらい山奥の山奥。高低差こそありませんでしたが、道なき道をトヨタ・マークIIでひたすら走ること3時間余り。途中の民家でトラクターとのすれ違いのため15分くらい待機など信じ難いことをいくつも経験しながらカレン族が住む小さな村に辿り着き、ここでも「乾杯」を熱唱しました。

結婚後、スーミョーライはTokyo Tomato Cafeに入社。2代目キャッシャーとして、パリキともども夫婦でとてもよく働いてくれました。2人とも順調に昇給し、世帯収入も50万チャットを突破。窓がない部屋から小さな庭がついた部屋に引っ越しもしました。ここまではとても幸せそうでしたが、突然、病魔がパリキを襲います。元々、腎臓が弱く、1個を摘出していたパリキ。ついに、もう一個が悲鳴をあげ、働けなくなりました。闘病中はスーミョーライが頑張って家計を支え、いろいろな病院を回ったりしてなんとか回復の糸口を探る日々が続きました。僕も医者の友人に相談し、できる限りのサポートをしました。そんな中、若い夫婦が出した結論は、子供を作ることでした。そして、スーミョーライは大学を休学。お店も退職し、実家に帰って又三郎を出産しました。今はあの山奥のカレン族の村にあるパリキの実家でパリキの兄弟たちと一緒に生活しています。

又三郎の写真は定期的にスーミョーライが送ってくれます。頭がよかった二人の子供だけあって、とても利発な子供に育っているようです。僕もすっかりジィジィの気分に浸らせてもらっています。やっぱり孫は可愛いですね。

ちなみに、現在、5人目が妊娠中(8ヶ月)で、その子の名前は剛(Go)もしくは江(Go)と決めています。

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生まれてすぐの又三郎

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二人の結婚式にて