初投稿かつおそらく最後の投稿。七月から留学させていただき、多くの事を学ばせていただいた。そして、それも終わりに近づいているので、かねてよりHIDE555さんより熱いリクエストがあった、「僕が競馬を好きになった日のこと」について、皆さんへの感謝を込めて、イタい文章を書かせていただく(真面目に書くのが恥ずかしいので)。少々緊張しているが、どうか温かい目で見てほしい。

 

2013年の暮れ。僕は父に、半ば強制的にテレビの前に座らされている。有馬記念の発走前。人生初の競馬観戦だ。

 

当時の僕は、正直競馬にはマイナスイメージしかなかった。まず、馬に人間を乗せて走らせるという行為に抵抗があった。それに、勝手に金を賭け、勝手に負けて、勝手にイライラして馬に八つ当たりする人間も大嫌いである。そんなに金が欲しければ働け、と生意気ながら思っていた。

 

そして、父が競馬好き=ギャンブル好きという事実にも正直動揺した。厳しい父だったけれど、それなりに真っ当に生きていると信じていたから、言う事を聞いていたのである。はっきり言って、裏切られた気分だった。

 

退屈であることと、父に失望していることを悟らせないように、興味があるふりをして、画面を見つめている。レースは序盤、縦長の展開で進んで、正面スタンド前を各馬が通過していた。馬の足音と、怒号にも似た観客の歓声が、画面から聞こえてきた。

 

しかしながら、なかなか迫力があるものだなと思った。激しく駆動する脚が地面を叩いて、芝が舞い散り、その間隙を鋭く縫って各馬が通り過ぎて行く。およそ人類には敵わない速度で世界が回る。馬は思った以上に必死に見えた。僕は思わず考えていた。

 

果たして、この馬たちは幸せなのだろうか?

 

彼らは、傍から見たら、まっすぐ前を向いてひたむきに走っているように見える。まるで走り、競い、勝つということが自らにとって最大の幸福であるかのように。でも、それは人間が、というよりも僕が、我々が馬を扱っているという事実を認めたくないが故に、彼らは幸せなのだろうという独善的な妄想を根拠に、認識している姿なのかもしれない。なぜなら、その彼らの(仮定的な)幸福が満たされた結果というのは、所詮父の握りしめる馬券に価値が生まれるという程度のことでしかなく、彼ら自身に何かがもたらされるわけではないからだ。

 

どれだけ馬が必死に見えても、それは結局僕の主観的な判断でしかないので、彼ら自身がどう思っているのかは分からない。しかし、裏を返せば、これは「馬は人間のせいで不幸である」という結論を出さないと終結しない問いでもあった。

 

そんな葛藤と共に第三コーナーへ入っていった。一気に空間が凝縮されて、各馬それぞれのラストスパートへ向かっている。

 

一頭、外をスーッと抜けてくる馬がいた。オルフェーヴル、と言うらしい。

 

彼はコーナーを回っただけで、先頭に躍り出た。僕はその一頭に釘付けになった。周りの馬が比較にならない程、速い。全てが停止してしまった世界で、一頭だけが駆けているようだった。冗談ではなく、僕は「オルフェーヴル」という別の生き物が紛れ込んでいるのではないかと思った。

 

僕は思わず笑ってしまった。さっきまで考えていた問いが、不意に馬鹿馬鹿しくなった(文字通り、とくだらないことを言ってみる)。

 

僕の目の前で起こっていることは、馬に人が跨って、鞭で叩いて走らせて、それを大勢が激情を湛えた眼で見つめるという、狂気的な光景である。しかしそれは、懸命な人馬が己を預け合い、自らを高め競い合って、それに多くの人間が夢を乗せているという、種を超越した奇跡でもあった。

 

やはり、その瞬間に僕がどう思いたいかということだけで、目に映るものは変化しているらしい。僕は今、オルフェーヴルが勝つという景色に、図々しくも魅せられていた。

 

結局、自分が何を見たときに幸せになるかもわからないのに、馬にとって何が幸せなのかということなんて、分かるはずがなかったのだ。

 

僕は、競馬に対する多くの後ろ向きな感情、ひいては自分のプライドを守るために、知らない世界に壁を作り、哲学風なことを考えて馬に寄り添った気になっていただけだった。そんな壁を優駿たちはいとも簡単に破壊して、僕の中になだれ込んできた。主観に自信は持てないし、はずれ馬券を握りしめて逆ギレしている父の事をぶん殴りたくもなったけれど、今の僕の正直な気持ちは、

 

「競馬って超面白い。」

 

たったこれだけだった。2分半を超えるレースを見ての感想にしては短い。が、それ以上語る必要はない。たった一度の、たった一頭の末脚に、簡単に価値観を覆されてしまったのだから。最初に抱えていたマイナスイメージは、すべて彼方へ吹き飛んでしまった。競馬には、深いドラマも、衝撃も、哲学でさえも、すべて内包されていた。

 

この時に、僕は初めて、自ら足を踏み入れたいと思える世界に出会ったのだった。

 

それから僕は、めでたく競馬の虜になったのだった。翌年はジェンティルドンナを応援し、その次はドゥラメンテの引退に落ち込み、さらにキタサンブラックに夢を見て、、。オルフェーヴルに感じた感動を、ずっと追い求め続けている。ただただレースを眺めるだけ。決して賭けないし、決して貶さない。「儲けようとするやつは真の競馬ファンではない」という偏った競馬哲学を抱えて、今日もYouTubeで名馬たちを眺めながら一日を過ごしている。

 

 

 

 

というのが、僕が競馬の沼にはまった日の話である。あとがき的に少し語ると、恐らく「ギャップ」が響いたのではないかと思う。ギャンブルと言われて敬遠されがちなものが、持っていたドラマの大きさに、当時の古川少年は引き付けられたのだろう。一応ざっくり話すとこんな感じ。ただ、その時に思っていたことは全て書ききれたわけではないし、他にもう一つ、同じくらい深い理由もあるのだけれど、ここでは割愛する。形容しきれる自信が無い。

 

そもそも、この文章自体も、伝わるかどうか不安である。ここまで書き渋っていたのも、形容すればするほど自分の文章からオルフェーヴルが遠ざかってしまって、本当の魅力を伝えきることが出来なかったからだ。だから、結局今回もオルフェーヴルを写実に描き出すのではなく、僕の心象風景を、イタい文章を使って切り取ることに重きを置いた。競馬の事を書こうとすると、エピファネイアやツインターボのようにかかってしまって、日本語をこねくり回したイタい文章になってしまう。自分で読み返しても、見苦しい。(実は一度書いて、藤原先生にも見ていただいたのだが、やっぱり納得いくものではなかったので、その内容はここには載せていない)。

 

だから、正直言って今も不安だ。しかし、この3か月の留学中に、様々な人と触れ合わせていただき、実力の数十倍褒めていただき、まして僕なんかの文章を読みたいと言ってくださる方もいた(それはHIDE555さんだけか)。そこまで言われてしまっては、書くしかない。だから、無い才能を絞り出して絞り出して何とか書き上げた。

 

書き上げた今、「情報編集力ってこういう事なのかなぁ」と、漠然と思っている。僕の中で必死に情景と感情を思い出し、それを伝えるために(それこそ)編集して、丁寧に文章を綴ったつもりだ。そこにはやっぱり正解は無かったけど、僕の中の“競馬愛語り”に対する答えは作り上げることが出来た(と思う)。

 

そして、そんなやや前向きな心持になることが出来たのも、朝礼だけの学校で関わることが出来た皆さんのおかげである。正直、この短期間でここまで話しかけてくださるとは思っていなかった。僕も、僕の親も、クレジットカードを持っていないということが誠に残念である。名残惜しい。特待生的な制度はこの学校にはないのだろうか。




3か月間とてもたのしかったです。藤原先生、並びに皆さん、本当にありがとうございました。